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 話
肩の凝らないお話 全集

その1「らしく、はしんどい」

小さい時から、男の子は「男の子らしく」女の子は「女の子らしく」と言われて育ってきた。皆さんそんな気がしませんか?又、そう言って子どもさんを育てたような気がしませんか?「男の子でしょう、泣いたらいけません」「女の子のくせに、そんな格好したらいけません」「男は強くなければ、女はかわいくなければ」私、そんな気がします。でも、ある時気がついたんです、別に弱い男がいてもいいし、強い女がいてもいいのではないかと。強くなれない男が、周りから「男でしょう、めそめそしないでしっかりしなさい。男は人前で涙を見せてはいけないの。」と、言われると、とても辛い気持ちになります。今悲しいのに、それを表さず強くあれ。と言われることで倍の辛さがそこにある。もちろん女性も、逆の言い方で同じようなことがあると思います。

この「らしく」という言い方は、必要ではあるのですが、あまりに縛りつけすぎるところがあります。ひとつおおらかに考えてみませんか。阪神淡路大震災後に、子どもさんを亡くしたお母さんたちが、すぐに集まって体験を話し合って、お互いを癒したというのがあります。その時、お父さんたちもと言って集まろうとすると、「めめしい」とか「いつまでも泣いていないで、早く仕事にいって頑張りなさい」ということで、会が成り立たなかった。お父さんだって悲しいはずです。「らしく」は自由な発想なのに、逆に縛ってしまっています。

現代のストレスの要因に、この目に見えない価値観による、しんどさがあるように思います。価値の範囲が狭いということだと思います。価値を計るものさしが、種類が少なく、偏りがちなのが原因でしょう。もっと広く、もっと自由に、ものさしの種類を無限大にしたいものです。特に世間のものさしが小さすぎます。社会の判断基準が狭すぎます。もっと自分に正直に暮らせるように、自分に正直になれると、他人の価値も広げて見てあげられます。まず自分の今。心の今、身体の今。これをしっかり眺めましょう。今ここに生きていること、現実、感情に素直になりましょう。強いのがいいとは限らない、勝つことの方が大事だということはない。絶対成功しなければならないことはない、身体の訴えより、考えたことを優先することはない、泣いてもいい、隠れてもいい、逃げてもいい、途中でやめてもいい。自分に素直であってほしい。今ここを大事にしてほしい。しかし、そんな自分に、自分で責任はもってほしい。そして他人をゆるせる人であってほしい。

ストレスとはしんどいこと。しんどいことはまず自分が変わって直していかなければならない。一人一人が自分を楽にしていくこと。ひとりひとりがしんどいから、全体がしんどくストレス社会になってしまう。ゆっくり、楽に、楽しく、自分に正直に、と考えていきたい。そのひとつひとつの輪がつながって、住みよい社会になっていく。仏を拝むのは、ご先祖さんのためだけではなく、ゆったりとした自分を見つけ出すことにある。生まれもってしんどいストレスまみれではないはず。本来の生物としての「らしく」に気付いて、元へ戻すため、手を合わすのです。ゆっくりと息をして、ゆっくりと拝んで下さい。肩凝りもきっと治ってきます。

 

その2「素晴らしいお墓参り」

このお墓の絵を見て何を思いますか。こんな文句が書いてあったらびっくりするでしょうね。

お墓参りだけではなく、私達が営みます仏事はすべて、向こう側(あちらの世界)にたいしてやっているようで、実は全部自分のことに帰ってきているのです。向こう側、即ち亡くなられた方のおられる仏の世界。そこに向かってお供えをし、お経をあげていることに間違いはないのですが、それを通して拝んでいる人が、より豊かに、幸福に、充実した人生を歩んでいかれること。これこそを最高の供物として喜んでいただけるのです。形を通して、その奥に潜んでいる真実に目を向け、それを自分のこととしてとらえる、それが生活に生かされたとき、最高の供物となって向こうの世界に届けられるのです。お墓はお骨が眠っているところです。仏壇の位牌よりも「気」のよく通じる場所かと思います。

お墓からまずこの言葉が聞こえてきます「我もかつて、汝のあるが如くなりき」そして続いてこれが聞こえてきます「汝も又やがて、我のあるが如くならん」。そしてその言葉をしっかりと受け止めて「いずれそちらへお伺いいたしますが、それまでは与えられたいのち一杯に、一心に今を生きたいと思います」と答えてみて下さい。素晴らしいお墓参りのできあがりです。

 

その3「あなたの数珠、光ってますか?

「どうだい、この数珠きれいだろう」

「きれいな数珠ですね、新しいのですか?

「いや新しくはない、もう20年ほど前かな、高野山へ行ったときに買ったんだ」

20年も前ですか、でもさらっぴんに見えますね。使ってないんですか?

「ああ、大事なときだけしか出さないからね、しょっちゅう使うと汚れるからね」

さて、この話はこれでいいんでしょうか。数珠を大事にするというのは、間違ってないのですが、でもどこか変ですね。

数珠はその字のごとく、数える珠です。別の言い方をすれば、数を取る珠なのです。そうです数えるための道具と言ってもいいかもしれません。何を数えるのかと言いますと、お経や御真言、御宝号等を数えるのです。「いつ?」「できたら毎日」です。御仏壇の前で、或いは自分の決めた場所で、7遍、21遍、108編と決めてお勤めをします。その時に数珠で数をとるのです。ですから、数珠は汚れ光ってくるのです。買ってからいつまでもきれいなのは自慢になりません。恥ずかしいことなのです。毎日毎日少しずつ汚れていきます。でも次第次第に光ってきます。一心に仏様を念じて、ひとつひとつの珠をつまぐっていくならば、数珠は光ってきます。そしてそれを使う貴方も光ってきているのです。数珠は自分の中の仏様を光り輝かせてくださる大切な法具なのです。そっと自分の数珠を見つめてみて下さい。光ってますか・・・・

 

その4「お花を仏様に供える」

私達は、お仏壇やお墓にお花をお供えしますが、「何故?」と聞かれたら何と答えられますか。「きれいから」「心がなごむから」「お花の好きな人だったから」と、色々な答が帰ってくると思います。どれももっともなのですが、仏教の教えではどのように言うのかと申しますと、花の持つ「忍辱」の徳を供えると申します。忍辱とは、耐え忍ぶ、辛抱するということです。花は風や雨に打たれ、暑さ、寒さ、雪にも負けず、踏まれても、時には犬におしっこをかけられても、一生懸命耐えて、自分を守り、そして自分の時期が来たならば、美しい本来の色を損なわず、力一杯に咲いて見せます。この忍辱の姿を、私達の日常に置き換えて考えてご覧なさい、という意味で、お花は私達の方に向けてお供えをするのです。


その5「無常を思う」

大震災、オウム。ここ数年今までまるでひとごとのように思っていたことが、現実に身近に発生し、凶悪事件もよその出来事ではすまされなくなってまいりました。まさに何時自分がその真っ只中にいることになるやもしれません。他人事ではなく、我がこととしてしっかり受け止めていかねばなりません。

お釈迦様の教えに「四馬の譬え」というのがあります。これは人の無常を思う心の有り様を、四種の馬に譬えて示されたものです。

第一の馬は、御者のふりあげた鞭の影を見ただけで走り出す馬のことで、これは最も優秀な馬です。

第二の馬は、鞭が毛に触れてから走り出す馬。

第三の馬は、肉に触れてから、ようやく走り出す馬。

最後の第四番目の馬は、骨身に徹しないと走り出さない馬のことです。

第一の馬というのは、遠い村や町で亡くなった人があることを伝え聞いて、それを自分のいのちの今日、明日の姿と受け止め、うかうかしてはおれない、と本気で人生に取り組む人のことを言います。第二の馬というのは、自分の村や町で亡くなった人があるということを聞いて、おのれの無常をさとり、立ち上がる人。第三の馬とは、自分の親の死、親族の死を眼前にして、ようやく気づく人のことであります。最後の四つ目の骨身に徹してやっと走り出す馬というのは、自分自身が死の床に臥し、お迎えの近きを知って、遅ればせながら気づく類の人です。自分が迎えに来られてからでは手遅れです。

事件・事故・災害そして人の死に私達が出くわすということは、まのあたりに人の世の無常を感じることであり、ごまかすことなく聞き、見据えることではないかと思います。ひとごとではなく、自分のこととしてうけとめねばなりません。逝きし人が最後に、後に残る者たちに残す言葉があるとしたら「死ぬんだよ。あなた方も、この私のように。必ずその日がやってくる。しかも、いつやってくるかわからない。予告無しに。いつ死んでもいいように、毎日、毎時間を大切に生きなさい。」ということではないでしょうか。

相田みつおさんの「そのうち」と題する詩があります。                   そのうち お金がたまったら  そのうち 家でも建てたら

そのうち 子供から手が離れたら そのうち 時間のゆとりが出来たら

そのうち そのうち そのうち・・・と できない理由を繰り返しているうちに

結局何もやらなかった 空しい人生の幕が下りて

頭の上に 淋しい墓標が立つ そのうち そのうち 日が暮れる

今 来た この道 かえれない

死を忘れ、無常の念を忘れたときに、そこにしのびよってくる思いが「そのうち」というまのびした心の姿勢であり、生き方でありましょう。いつどうなってもおかしくない自分。私だけは違う、の通らない時代。もう目をそらしている場合ではない。ならば、毎日、毎時間、瞬間の生き方が問われているのではないでしょうか。

どうです、一番考えにくいことかもしれませんが、少しそんなこと真剣に取り組んでみませんか。

その6「おはぎの小豆は、いつ死んだのか」

真言宗豊山派発行の雑誌でおもしろいお話を読みましたので紹介いたします。

『おはぎの小豆は、いつ死んだのか』

おはぎの小豆はいつ死んだのか。あるお寺でご住職が、集まった方々に出した問題。ワイワイガヤガヤお互いに顔を見合わせて真剣に議論。出てきた意見を順番につなぐとこうなります。

「そりゃ、小豆のさやを茎からちぎったときではないか。」

「いや、ぐつぐつ煮立ったお湯に入れられたときだろう。釜ゆでだもの。」

「まだまだ、やはりゆで上がってつぶされた時ではないか。」

「ああ、それじゃひとたまりもない。」  すると、そこで信心ある者がこう言いました。

「しかし、おはぎの小豆はおはぎのために作られたのだから、もち米にベタベタと塗られてはじめて、その役目を果たしたことになるのではないだろうか。」

「そうか、死んだというのも小豆の役目と考えると話は違ってくるぞ。」

「それなら、無事におはぎになった小豆だって、食べてもらわにゃ死んだことにはならない。」

「そうだ、食べてもらってやっと役目が終わる。」

「しかし、誰も食べないで残ったやつはどうなるんだ。」

「腐ったりしたら、それこそ死んでも死にきれぬ。」

「大丈夫。こやしになって草木を育てていくよ。」

「そんなこといったら、食べられた小豆だって、人間の命を支えていくんじゃないか。」

「なんだ、どうころんだところで、役目は終わらないじゃないか。」

「ほんとだ、小豆は死なないってことか。」

そう考えると、人間だって同じじゃないですか。と、ご住職。

「しかし、人間は死ぬだろう。」

「いや、普通に言う死ぬというのは、小豆で言えば茎からもぎ取られた時だ。」

「そうだ、親や兄弟とわかれなくちゃならないからな。」

「でっかいスケールで見ると、人間も死なないのかなぁ・・・」

でっかいスケールと言うのは、仏の眼と言い換えてもよいでしょう。おはぎのあんこにもそのスケールを合わせてみると、小豆の命はどんどんふくらみ、人の命もムクムクと厚さを増していきます。

いかがでしたでしょうか。「いのち」のみつめかたが、おもしろく話になっています。実に仏教的だと思いました。漢字で「生命」と書きますと、保険のかかる方、すなわち小豆が茎からもぎ取られた時なくなるいのちをさします。しかしひらがなで「いのち」と書きますと、でっかいスケールの、仏の眼で見ていく、広がりのある、永遠に続いている、厚みのあるいのちをさします。私達は「生命」にとらわれすぎになっていて「いのち」を忘れがち。いや「いのち」が見えてないような気がします。どんなものにも「いのち」が宿っています。広がりのある、厚みのある、エネルギーを私達に与えてくださる「いのち」が宿っています。それに気がついていくこと、これが仏様の教え、日々の信仰でわからせてもらうことではないでしょうか。静かに手を合わせ、あなたも「おはぎの小豆は、いつ死んだのか」を考えてみて下さい。


その7「坊主頭」

仏教2500年の重みが、この丸坊主頭にはあります。

と、いきなり過激な発言で始まりましたが、それは事実なのです。これはお釈迦様の出家と深く関わっております。お釈迦様は釈迦族という一族の王様の跡取りとしてお生まれになられました。何不自由のない生活を送られたのですが、元々深く考え込む性格で、ある日生き物は命の交換で生命を維持していることに気づき、又、人は病にたおれ、老い、いつかは死を迎えるという、苦しみを常に背負っている。この現実の問題に正面から対処していくのには、どういう方法があるのかと思われ、いつか出会った修行僧にあこがれを抱き始めます。そして、大いなる決断を下し、宮廷生活も、家族も放棄して、出家することにしたのです。29歳のときでした。馬にまたがり苦行の林に出向き、落飾といって一切の俗世界の飾りをはずし身なりをやめて、一人の修行僧としての姿となられました。その時頭の毛も短く切り落とされました。その時からお坊さんの頭はの毛は短くなったのです。これの意味する所は、正直な飾らない自分自身の内から、本来の力を見つけ出すこと、とらわれないことを旨として生まれながらの清い心で見つめていくことにあります。自分以外のところに幸せも悟りもありません。今の自分の中にある、幸せと悟りに気づくことが、仏の道を歩むことだと、教えてくださっています。

その8「袈裟の功徳」

袈裟には仏教2500年の重みがあります。

これ又、同じ様なフレーズで始まりましたが、これも事実なのです。

下の図が標準的な袈裟の図です。

これは何かの形ににています。田に水路にあぜ道。そうですこれは小高い丘の上から眺めた、水田の様子なのです。何故に水田かと言いますと、お釈迦様の暮らしておられたところは、農業主体でお米を作っておられました。ある日、弟子の一人がお釈迦様に「我々の姿は他の集団と混じっても判別しにくいので、何か統一した服装を示してください」とお願いしました。そこでお釈迦様は小高い丘の上に登り、あの水田のようにきれを縫い合わせたものを作り、それを身にまといなさい。と、言われました。そのきれも、もう他に使うことのないものを集め材料にとらわれないようにしなさい。この水田の形を身にまとうことの意義は、田はそこから米という福徳をもたらしてくれる。皆も自分の田を、自分の心の中にあるまだ耕しきれていない田を一生懸命耕して、自らの手で福徳を、自らの内から育て収穫しなさい。それが私の示している、仏の道なのだ。と、言われ、それ以後仏の道に精進する者は、この一枚の布を大事に扱い、常に身につけるようになったのです。そしてこの一枚のきれは「袈裟」と呼ばれるようになり、別名を「福田衣」(ふくでんえ)と言われるようになりました。

 

その9「旅立ち箱を作りましょう」

「旅立ち箱」とは何かと言いますと。自分が死んだときに役立つ箱です。自分の旅立ちは、自分で段取りができません。そこで、こうして欲しい、これを使って欲しい、これを棺の中に入れて欲しい等々、入れておく箱です。是非作りましょう! 何時? そうですね、今から作りましょう。だって最後が何時かわからないですよね。ということは今から作るのがいいのではないでしょうか。たとえば写真です。お葬式に使って貰う自分の写真です。これは非常に大事です。何百かのお葬式を拝んできて思うのですが、やっぱり写真一つで雰囲気が変わりますね、故人を偲ぶ気持ちが違います。とっても大事です。伝統的に紋付きの着物で先祖代々写真を飾っていくのなら、それはそれでもいいのですが、最近は少なくなってきました。首だけのすげ替えは。最近増えてきたのはカラー写真です。特に女性のカラーはおしゃれでいいですね。少し横向きで、お気に入りの服を着ている。実にいいと思います。男性の場合もカラーが増えましたが、どうしても男性は背広にネクタイですね。まっ仕方ないかもしれませんけれど・・・。そのほかには、どんなお葬式にして欲しい、誰に連絡して欲しい、棺の中には必ずあれを入れて欲しい、写経・日記・薬・写真・想い出の品・笈づる・杖等、家族に残す言葉も書いておいておきましょうか。そのほかは色々とアイデアで考えてみて下さい。

その10「死を受け入れる」

旅立ち箱を作る本当の目的は「自分の死を受け入れる作業をしていることです」。

遠くの人の死は「ああ、あの人亡くなったんだ」と少し悲しみを感じます。身内の死は「いいやつだったけれど、とうとう逝ってしまった」と強く悲しみます。そこまでは受け入れるんですが、自分の死はどうでしょうか?「昨日までは 人のことかと 思いしに 俺が死ぬとは こいつたまらん」という歌があります。又「ついにゆく 道とはかねて 聞きしかど 昨日今日とは 思わざりけり」という歌もあります。どちらも鋭く胸を突いてきます。自分のことはいつも少し離してみています。そうでしよう。いつも身近にずっと考えていたらしんどくてしかたがないですよね。俺は死ぬ俺は死ぬ、では毎日がやってられません。でも、たまに、思い出さなければなりませんし、覚悟もしなければなりません。それが「旅立ち箱」なのです。仏教の目的、究極は何か? 自分の死を受け入れることでしょうね・・・

 

その11「東の仏

曼荼羅の中には数多くの如来・菩薩等が描かれています。その中に東・南・西・北の方角の仏達がおられます。金剛界と胎蔵界では少し違うのですが、今回は胎蔵界の東の仏をご紹介しましょう。名前を「宝幢如来」(ほうどうにょらい)と言います。宝の幢(はた)の仏様です。東は太陽の昇る方角、一日の始まりです。有り難いことに毎朝お日様は昇って下さり、私達に多くの恵みを下さいます。この仏様は一日の始まりに於いて貴方も多くの恵みをもたらすことの出来る、心の仏の幢を毎朝立てなさい。そして仏心を一日の生活の中で十分に活かしましょう。太陽が毎朝昇るように、貴方も毎朝仏の幢を立てましょう。そう教えて下さっています。私は毎朝東の方角を向いて「南無宝幢如来」と唱えています。

その12「食事作法」

修行中に食事作法(じきじさほう)を教えていただき、食事の度にお唱えいたします。その中に、感謝・反省の気持ちを表す「五観の偈」というのがあります。食事をいただく心構えです。

・一つには己の行為をかえりみ、この食物が如何にして作られたかを思う。

・二つには己の徳を積む行いが、完(まった)きか欠けているか多いか少ないかを思う。

・三つには善心を妨げ過ちを起こすは、貪(むさぼ)りと怒りと愚痴なることを思う。

・四つには食物は命を養うためであり、正しい食物を必要の限度にとることを思う。

・五つには正しき生活を目標にして、徒に世の栄達を願わざるを思う。

()食物が人の口にはいるまでにどれだけ多くの労苦が加わっているか。()果たして自分はこの食物を頂くだけの正しい行い、相応しい働きをしただろうかと反省し()気に入ったからむさぼるように食べ、気に入らぬからといって腹を立てるようなわがままな気持ちをいましめ()まさに食物は、われわれの身体を養い育てる良薬と心得て食べる()尊い仏のいのちを生かしきるために、いまこの食物を頂くのである。

食事の意義と心構えについて、少し見つめ直してみませんか。

その13「お花」

現在におきましては「お花」は仏前に供えられたり、床の間や部屋の飾りに使われています。しかし、神前には榊のように青葉のものが供えられます。これは仏教渡来以前は色花を供える風習がなかった、ということになります。ですから今の、色花を供えたり飾ったりするのは、日本に仏教とともに入ってきたものなのです。華道の家元がお寺なのもこれで理解して頂けると思います。

では何故仏前に色花を供えるようになったのでしょうか?

仏教は色々な象徴を利用して、仏の教えを表そうとしました。そのひとつとして「お花」があるのです。「お花」は何を象徴しているかと申しますと『忍辱』の徳を象徴しています。花は暑くても寒くても、雨が降っても風が吹いても、時には踏まれても、じっとその状態を耐えて、次なる時間を待ちます。そして自らの花の咲く時期には違わず見事に花咲き、実をならせます。

仏前の花は、私達の方に向けて供えます。どうぞ私のこの姿、耐え忍んだ結果を見てください。そして、見ていただいた貴方も、この世には耐えなければならないことが沢山あります、でも踏ん張って貴方の素晴らしい花をどうぞ咲かせてください。貴方の幸せを自らの手で掴んでください。花はそう語ってくれています。

その14「お線香」

先日檀家の法事にお参りをいたしまして、お経が終わってから振り向いて、いつものように法話を始めようと思ったのですが、あまりに子供さんが多かったので(八人)これは一つこの子らに質問をしてみようと思い「何故、お線香を供えるのでしょうか?」と聞いてみました。幼稚園から順番に聞いたのですが、小学校までの六人は「わからない」ということでした。さていよいよ中学生ということになり、まず二年の女の子が「香りを供えるため」と答えてくれました。これはすばらしい答えです。最後に三年の男の子に聞いてみますと「亡くなられた方の菩提を弔うため」と答えてくれました。これも又すばらしい答えでした。

皆さんならどうお答えになられますか?

お線香は、仏様に香りをお供えし、亡くなられた方の菩提を弔うためという答えで満点なのですが、ひとつ大事なことが抜けています。それは、供えた人が「私も佳い香りを出せる生活に心がけます」とお誓いすることなのです。気持ちは仏様に向いていていいのですが、仏様からのお返しのメッセージを聞かなければいけません。「あなたに供えていただいたお香の香りは素晴らしい。ありがとう。でもあなたが日々精進して、周りの方々に佳い香りを与えている姿を見させていただくことも大変うれしいのです」。私たちは一人っきりで生きているわけではありません。ならば お互いに香りの佳い「言葉」「態度」の日暮らしが大切なのではないでしょうか。そんな誓いを持って、お線香を供えてみください。仏教は今生きているもののためにあります。

 

その15「千代の富士」

千代の富士

私と同じ歳の有名人で、私が最も誇れるのは、現九重親方、元横綱千代の富士関で、三十一回の優勝は歴代二位の記録です。相撲内容・成績も凄いのですが、私が何よりも彼を愛するのは、幾度となく訪れたケガからの復活です。力士にとって致命的な肩の脱臼という大ケガから不屈の精神で、その度に成長し這い上がってきた。決してやけになったり、逃げることなく、真正面からケガと戦い、その度に一回り大きくなって帰ってきた。千代の富士関は「自分を育ててくれたのは、師匠であり、仲間であり、後援会の方々、ファンの方々ではあるが、何よりもケガが私を育ててくれた」と、自らも語っています。なかなかそうは思えないものです。

千代の富士関ににとって、ケガは師匠であった、自分を育ててくれた、良い師匠であった。何も人だけが師ではなく、ケガも、言葉も、経験も、自分を育ててくれるものは皆師匠である。成功も失敗も師匠である。行動を興すと結果が出る。その結果を素直に見ることができるかどうかで、その行動自体と、その次の行動が決まってくる。どんな結果も有り難く受け止める心の余裕と、自分の程を知る勇気を持つこと。何事も自分を育ててくれる師匠と見ることができるかどうかで、自分が成長できるかが決まる。きつい、厳しい、疲れる取り組みだが、その後の気持ちはきっと爽やかだと思う。おいしいご飯が食べられるに違いない。一時の苦しみを師匠からの試練と見て、乗り越える勇気を持つこと。誰の話でもない、今の私の、それが努力目標なのです。そう、か弱い私の密かな挑戦なのです。

その16「雑念」

「拝んでいると、雑念が入ってきてしょうがないんですが?」という質問がよくあります。最初はその気でお経を読んでいるのですが、知らず知らず他のことが頭の中を支配している。私はダメな人間なのかしら。ご心配なくそういうことは誰にでもあります。お坊さんにもあります。それが普通でしょう。そのこと一つに集中できるのは、時間にして数秒かもしれません。それの積み重ねで時間は延びていくのですが、そないに皆がプロの行に挑戦することもありません。拝むことの大事な目的に、自分を知るということがあります。それも今の自分です。今の自分は何を思い、何に一番気がいっているのか。昨日と今日の違い、思い浮かべる明日の姿の違い。それを知ることは大切なのです。拝む、祈る時に自分のレベルがわからないで目標を立てても、その道は進みにくいでしょう。まず自分を知ることです。雑念がわいてくるのは今の自分が出てきているのです。気を集中すればするほど今の自分が出てきます。素直にその雑念を眺めることが、実は大切なのです。ダメなのではなく、大切な機会を与えられたのですから、その時は雑念を大いに甘んじて受け入れてください。そして又再び気を入れ直して、拝み、祈ってください。そんなことの繰り返しでいいのです。お坊さんだってそんなことはあります。お経を間違えてしまうことも・・・。

 

その17「男?女?」

「観音さんは、男ですか女ですか?」という質問がよくあります。もっともな疑問だと思います。数ある仏様の中でも、特に観音様は見た目の柔らかさ、優しさがとても女性的だから、そういう疑問がおこっても当然かと思います。しかし、答は「男でも女でもない」が正解です。敢えて言えば、モデルがお釈迦様ですから、男と言えないこともないのです。口のまわりに髭を描いたりするのもその表れです。性別がないというのはどういうことかと申しますと、仏様のお姿は「真理を表現するため」の姿をとっておられるので、俗の男女には属さない。というのが本当のところです。そういわれてみてみますと、手が長い、耳が大きい、額の真ん中に光るものがある、首に三本の筋がある、手首足首にくぼみがない、手に色々なものを持っている。特に蓮の華を良く持っておられます。台座にも蓮を使っておられます。この蓮は仏教では最も尊ぶ華として扱われます。泥の中に育っても、水面に出て、華を咲かせる時には、本来持っている清い色、美しい姿を損なわず見事に咲かせます。私達は本来生まれながらに清い心、美しい行いの出来る姿を持っていることを示してくださっています。本来的に善人であることを教えてくださっています。

その18「お盆1

一年十二カ月の中で、他の月とは全然違う過し方をするのが、八月です。お坊さんみんながそうではないのですが、私の場合は一日から、二十四日の地蔵盆まで他のことは殆どしないで、ただひたすらお盆の行事と、施餓鬼法要に忙しく致します。父が健在なときは二人で取り組んでいましたが、一人になってからはお盆参りも八月の頭から、今年は二日からお参りに行きだしました。それくらいから始めないと全部の壇家さんに行けないのです。二週間のこのお盆参りのために、七月は身体作りをしています。何と言っても早寝早起き。普段より早く六時までに起きます。食事も注意して、お腹の調子を整えます。暑さになれるために、クーラーの部屋から出て、汗をかきます。着物も点検いたします。車も点検に出します。そしてお盆を迎えます。八月の終わりはボーとして、何事にも集中できないのが毎年のことです。

「お盆にご先祖さんが帰ってくる」これが日本のお盆の考え方です。お墓参りをして、仏壇を飾ってお迎えいたしましょう。「何故お盆には、ご先祖さんが帰ってくるのでしょう」と聞いてみました。すると、みんな「えっ」・・・。そこまで考えてない。久しぶりに私達に会いに帰ってきてくださるのではないのですか・・・。色々な意見。そうです、離れてしまってみんながどうしているか心配なので、安心するために帰ってきて、あぁみんな元気でやっとるわい。ほなら、安心して又帰るは。頑張れよ。これが日本のお盆です。貴方の家のご先祖さんは、今年も安心して帰られましたか・・・・・。

 「お盆2

檀家さんからお盆のお祀りの仕方や過ごし方についてよく聞かれます。

お祀りの仕方についてはこう答えます。貴方のお家に、この夏の季節、遠来のお客様が久しぶりに来られて、しばらく滞在されると思って下さい。しかも大変親しい方で家族のこともよくご存じですし、家族の方もそのお客様のことをよくご存じです。そんな方がお越しになられるとしたら、どんな準備ともてなしをしますか。

まず家が分かるようにして、歩いていただいては気の毒なので乗り物を用意し、暑かっただろうから冷たいもので手や顔を洗ってもらい、ゆっくり休んでいただく場を準備して、食事は好物だったもの、夏らしいもの、さっぱりしたお素麺やらちらし寿司、スイカやトマトも出してあげましょう。夕食にはビールも用意して、枝豆をつけておきましょう。勿論家族団欒で食事をしここ一年のことなどを親しく語ったり、報告をしてみましょう。で、貴方のお家ではどのようにしますか・・・。ということになります。昔からの形を尊重しながら、今現在実際に暮らしている中で、何ができ何ができないか。うちではどんな報告ができるだろうか。どんなお迎えができるのかを家族みんなで考えて下さい。

「ご先祖に 家庭円満 見てもらい」

「まざまざと いますが如き 魂まつり」

私たちがお盆のお参りにまいりましたときに、あぁきっとこのお家のご先祖様は喜んでおられるだろうなぁと思うことがあります。それは、豪華さではありません。相手を思う心がその場に現れていることに感動するのです。先祖は根です。根がしっかりしてないと、倒れてしまいます。    合掌

 

その19「年末・年始」

年末・年始

年末から年始にかけて「日本流宗教イベント」参加の集い、が始まります。即ちクリスマス・除夜の鐘・初詣の三大イベントです。夫々に宗教が違うのですが、誰もそれを気にしていません。又別に気にすることも無いと私は思います。だって皆楽しそうじゃありませんか。私もイベントは大好きですから、一番に参加する方ですので・・・。

さて、其の中で前から気になっているのが、初詣です。自分の住んでいる地元の氏神様にもちゃんと詣っているのでしょうか?大きな神社大きなお寺、有名なところへ皆がお詣りすることに何も問題は無いのですが、地元をお詣りして他へ行くのはいいのですが、どうも皆地元の神様を大事にしていないみたいです。第一地元の氏神様がどなたなのかを知らず、人気のところへ行くようではまず御利益はありません。自分が日頃暮らしている地元の神様に挨拶なしにいきなり他所へお願いに行っても、向こうも貴方は誰なのというふうに困ってしまいます。

まぁ今までそれを知らなかった人は仕方がありません。でも新しい年には必ず地元の神様に御挨拶に詣りましょう。今世紀に一度もお詣りしたことの無い人は、今世紀の残りが後少しとなりました。急いで下さい。そして今世紀のお詫びと次の世紀へのお願いをしっかりしておいて下さい。そしてもうひとつ。お正月にはお墓にも挨拶に行ってあげて下さい。そうすると一年がいつもと少し変わります。とっても良い一年になることを、ちょっとだけ保証いたします。

その20「携帯電話」

携帯電話

携帯電話が普及して大変便利になりました。勿論お坊さんもです。ほとんどのお坊さんは持っておられるのではないでしようか。特に車に乗られる方には必需品となっています。これは道路事情によっては檀家やお寺に緊急に連絡を取らなければならないからです。お葬式や法事の時間に遅れそうになったりしたときなんかにはとっても助かります。もうひとつは檀家さんのご不幸の連絡をいち早く聞くことができ、早い対応ができます。以前は電話連絡のつかないところでは、かなりの時間のロスがありましたが、今では町中でも、連絡が取れますので、双方にとって大変便利になっています。

困ったこともあります。法事の時や通夜のときに参列者の携帯電話が鳴ることがあるのです。何ともいやな空気の流れるモノでして、是非皆さんも気をつけていただきたいと思います。

その逆もありまして、私は檀家さんの家でお勤めの最中に自分の携帯電話が鳴ったことがあります。すぐにスイッチを切ったのですが、何秒かこちらの声が向こうに聞こえたみたいです。それは文我さんでした。後で「いきなりお経が聞こえました」と言われてしまいました。

便利なのですが、すべてがオッケーというわけにもいかないようです。この携帯電話ほど、回りのことを考えなければならない、と強く思います。話している自分には解らないのですが、回りが夫れをよしと思っているかどうか。「迷惑」という事をちゃんと考えてなければ、これほど不快にさせるモノもありません。便利イコールオッケーではない。これは携帯電話だけではありません。自分だけよいではすまされないこと、多いのではないでしょうか。この時代、みんな考えてみませんか。

 

その21「法事」

法事にお参りして、嬉しくなる法事と寂しくなる法事があります。寂しくなると言うのは、お参りする度に人数が減っていくこと、亡くなられてと言う場合と、つき合いが無くなった、つきあうことをやめたといろいろあります。その家の事情ですから一概に客観的批判は避けたいものですが、ある程度の人数が揃っているものが法事だろうと思います。それは何故かと言いますと、法事とは何ぞや?ということなんです。法事とは「法供養」と「事供養」を合わせて法事と言います。言い方を換えると「先に逝った身内に残った家族の現状報告会が法事」だからです。仏教を信仰して日々精進努力しております、お寺さんに来ていただいてお勤めをして貰い、お焼香をし、お供え物をして供養しております。信仰を続けております、が「法供養」。家族仲良く和気藹々と話をし、仕事のこと学校のこと、健康のこと地域のこと、無沙汰しておった間の積もった話、故人の思い出などを語り合っているのが「事供養」です。先に逝った人はそんな話が聞きたいのです。そして心に安心を持ちたいのです。私達もあの世に行ったら、娑婆のみんなはどうしているのだろうかと気になることでしょう。自分が祀って貰う立場になったとして取り組んでみましょう。法事はしんどいモノではなく、楽しい集いだということに気が付いていただけると思います。

その22「みんなちがってみんないい」

金子みすずさんという方の詩に「みんなちがって みんないい」というのがあります。

「わたしが両手をひろげても 

 お空はちっとも飛べないが

 とべる小鳥はわたしのように

 地面(じべた)をはやくは走れない

 わたしがからだをゆすっても

 きれいな音はでないけど

 あの鳴るすずはわたしのように

 たくさんなうたは知らないよ

 すずと 小鳥と それからわたし

 みんなちがって みんないい」

違って当たり前なのをなかなか許すことの出来ない私達ではないでしょうか。

「みんなちがって みんないい」とつぶやいてみて下さい。

 

その23「運転は気くぱり目くぱり思いやり」

お大師さまが高野山を聞かれたのは弘仁七年(八一六)、四十三歳の時でした。その年の六月十九日に、朝廷に申請書を提出され、七月八日に許可がおりています。その中でお大師さまは、紀伊国伊都郡高野山に修禅の道場を建てたいと述べておられます。修禅とは禅定を修する、即ち心静めの観法を行じることで、自心の内側をながめる場所を下さいと申されました。当時のお大師さまの活動の拠点は京郡でした。唐から帰って来られて十年、多忙な日々を過ごされる中で心のゆとりを常に持つ、心のバッテリーの充電をする、内面の本質の追求をする。京都はこれを行うにはあまりににぎやかで、俗の雑事が多すぎたのではないかと思われます。そこで青年の頃一度おとずれた高野の山を思いおこされ、朝廷に願いでられたのであろうと思われます。お大師さまは人々のために、徹底した利他行を喜薩の慈悲行をおしすすめられました。しかしこの尊い行の底にあるものは、聞くこと、考えること、観法すること、目分自身をしっかりみつめること、という条件が必要になってまいります。外ヘ、人ヘ、場所へ活勤をおこしていく為には、そのカを蓄えることが大事であり点検もおこたってはいけないと思います。そうすることによって十分なゆとりをもちながら。目分の能力を最大限に発揮できろのだと思います。現在の私達はどうでしょう。心のバッテリーに充電しているでしょうか、日々に点検を行っているでしょうか。鏡というものがあります。近ごろは小学生でも毎朝鏡をのぞいて学校へ行くそうです。この現代生活にかかせない鏡は、人の外の姿はそのまま写してくれます。それをみて髪の毛を、お化粧を、服装を直すことができます。しかし外の姿しか写してくれなくて、心の内の相を写してはくれません。古人の歌に「髪かたち つくろうたびに まず思え おのが心の すがたいかにと」というのがあります。外の姿、みだしなみも大切だけれど、心のみだしなみ、心の化粧を先にしなくては、いくら外をかざっても、整えても、すぐにぼろがでてしまいます。一日に一度、仏壇に向かって、自分の心のすがたを写し、点検をして下さい。数分でもいいです。でさるだけ毎日して下さい。人は人と人の間でしか暮らしていけません。ですから人聞と申します。それならば決して自分中心にならずに、人の間に添うように、一緒に暮らす人に従うように、みんなのプラスになるようにしたいものです。点検の一番最初はまずこれから行いましょう。道路を走る車と同じです。多くの車や単車や自転車や歩行者。その中にまじって走っていく車は、私達の生き方そのものです。自分中心に走れば、事故を起こしますし、他の車や人に危害を与えてしまいます。ルールを守り、相手を尊重し、広い視野で運転するなら事故もおこりません。交通標語に「運転は、気くばり、目くばり、思いやり」とあります。目分中心になりがちな人年の運転、日々に修正を怠らず。ゴールまで安全運転で、みのりあるドラィブをしたいものです。

法話24「わかっちやいるけどやめられない」

植木等さんが唄って昔ヒットした「スーダラ節」、これが平成の世に大いに又はやっています。その中に「わかっちゃいるけどやめられない」の有名な詞があります。私たちのまわりには、本当にわかっているんだけれども、どうしても自分に負けて、ついつい、さそいにのって、知らずのうちにやってしまうこと、してしまうことがいっぱいあります。やめた方がいいのはわかっちゃいるんだけれども。男性の方ならその代表が、お酒とタバコ、ギャンプルでしょうか、女性の方なら間食が一番にあがってくるかもしれません。まあ男女別にしてみましたが、今はどちらもが、タバコであり、お酒であったりということです。他の方に目を向けますと、ついついこれも言ってしまうやめられないものがあります。「愚痴」です。講談社「日本語大辞典」によりますと、愚痴U・《仏教語》三毒の一つ。愚かで、真理に対して無知であること。ものの理非がわからないこと。無明。・言ってもしかたのないことを言いなげくこと。泣き言。と、書いてあります。愚痴を言う、愚痴をこぼす、主に・の状態だろうと恩いますが、その根底には自分の立場、自分の利益に不服があり、マィナスイメージがある時に、口をついてでてしまうのだろうと思います。しんどい時、暑い時、寒い時、特によくでます。時には大きな声で、仲間の代表として愚痴をいう、そんな時もありましょう、でも大体自分の都合でこぼしています。これはおおいにすすめるわけにはいきません。少しずつでいいですから、愚痴をいわないようにしていかなけれぱなりません。日本語大辞典・の解説にありますように、真理に対して無知であるから、愚痴がでるのでしょうか。一つは自分の足元中心になりがちで、視野が狭くなっているということです。もっと多くの足元をみつめ、視野を広げていく。これは訓練であろうかと思いますが、生活の中で仕事の中で、見直しをしていかなければなりません。人は人だけで暮らしていません。動物も植物も、山も川も、みんな同じ協同生活者です。誰が上で誰が下なんていうのはありません。共存し調和し、互いに共鳴し合って暮らしていくのが本来の姿です。これを「曼荼羅」の暮らしといいます。このマンダラ世界は、すでに存在しています。ところが、わかっちゃいるけどやめられない人には感じられず、見えないのです。自分の方から遠ざかってしまっているんです。大変なことです、そんな遠くへいかないうちに、軌道修正を早くして、マンダラ世界を共に感じあいたいものです。

その25「お釈迦様」

最近私は「お釈迦さま」にあらためて取り組んでいます。それというのも、色々な宗教宗派・おしえが乱立しすぎていて、何を今どう信じ、どう行動すればよいのか迷ってしまう、という意見をよく聞くからです。そこで私自身をみつめなおすということも含めて、「お釈迦さま」について、お話しをしてみようと思います。仏教を信仰するもの、或いは少しでも仏の教えに触れて暮らしているものにとって、忘れてならない「日」、がいくつかあります。その中でも仏教の開祖、お釈迦さまの三つの聖日は是非覚えておきたいものです。

四月八日誕生 十二月八日成道(悟りを得られた日) 二月十五日入滅

お釈迦さまは、今から二千五百年ほど前、ヒマラヤのふもと、ルンピニーの園で誕生されました。(現在ネパール領域)お釈迦さまのお名前は、ゴーダマ・シッダッタ。父は、スッドーダナ王(浄飯王)母は、マーヤー夫人、と申されます。父スッドーダナは、釈迦族の指導者であり、カピラヴァストウを首都として小国を形成しており、釈迦族の領土は、ガンジス河支流のローヒニー河に面し水田排作にめぐまれた土地であり、おそらく稲作にも関係していたと思われます。母マーヤーは、釈迦族の領土のとなりの国、コーリヤ族の出身であるとされています。この二人には長い間子供がでさなかったが、ある夜マーヤ−夫人は奇妙な夢を見た。純白の象が天から下りて来て、右の脇から胎内に人った夢であった。マーヤー夫人は夫にその夢を話すと、スッドーダナはさっそく占師を読んで夢判断をやらせた。占師は世にもすぐれた王子の誕生を予言した。果してマーヤー夫人はまもなく懐妊されます。古式にのっとり、受胎式などの浄めの儀式がおこなわれたことであろう。臨月が近づくと、マーヤー夫人は法典の規定により、実家でお産する為、コーリヤ国へ向けて出発されました。途中、ルンビニ−の園で休憩をとられ、美しい純白の無憂樹の花房を析ろうと右手をあげた瞬間、右の脇から王子が生まれられたのです。出産予定地へ向かう途中に分娩したのであるから、かなりの早産、しかも設備も十分にない道中のこと、非常な難産であったろうと思われます。そのためか、マーヤー夫人は王子を産んで七日後にこの世を去られます。父王はィンド古来の習慣にしたがって、さっそくアシタという仙人に王子の人相をうらなってもらった。アシタは王子を抱くと、「これはこの上もなく尊い方です」と言いながら、急にふさぎこみ涙を流した。周囲の人たちは、このアシタの突然のすがたをみて非常におどろき心配した。しかし、アシタは次のように語った「わたしは、王子に不吉の相があるから泣いたのではない。この王子は普通の方ではない。この王子は、家にあれば、全世界を武器を用いず徳をもって征服する偉大な王となるであろうし、また、出家すれば、尊いさとりをひらいて人類を教化救済する救い主となられるであろう。いずれにしても、すでに私は年老いて死も近いことである。わたしはついにこの方の成人された姿を見ることもできないし、また教えをいただくこともできない。そう思うとつい悲しくなって涙がこぽれたのであるる」と。このアシタの予言は、当時のインドの歴史的事情を反映している。その当時イソドは、およそ十六に及ぷ種族の国が乱立して統一国家の実現にははるかに遠い状態で、政界の不統一とそれによって生ずる不安は人々の生活を強くおびやかしていた。また、精神界も同じように、利己心や迷信がはびこり、誤った思想や主張がいり乱れていた。だから人々は偉大な理想的国王が出現してくれるか、または精神界の救い主が出現してくれるかということに強い期待をもっていた。アシタの予言には、当時の人々の心の不安、生活の混乱が反映していたようである。当時の人々のそのような気持ちをくみとり、王子に対する無限の信頼と期待をこめて、父は王子に「シッダッタ」と命名した。シッダッタとは「目的を達成した者」という意味である。

仏伝はしばしば「すごい」話しを残してくれる。お釈迦さまは、誕生後すぐに七歩あゆみ、右手で天を指し、左手で地を指して「天上天下唯我独尊」と宣言されたという。味わい深く、意味深な場面である。太子の誕生は仏教の誕生であり、太子の行動・言葉は仏教の教えである。七歩あゆまれた、この「七」という数は、八の一つ手前の七ではなく、六を一つ越えた七であると見なければならない。六は、人間の迷いや、愚かさによって心がつくる、苦しみ多い六道という世界を表している。七歩とは、この六道を一歩越えたことを示しており、迷いと苦悩の世界を越えたことを表しています。しかも、自らの苦境を、自らのあゆみで越えていくべきことも示して下さっています。迷いと苦悩から解放された、明るく自由な心、それは誰かに作りだしてもらうものではなく、自らのカで、自らがあゆんで得ていくものであることを教えで下さっています。「天上天下唯我独尊」という言葉は、実にすばらしい、仏教の基本を見事にのべています。私という存在は世界中でただ一人の人間、かけがえのない尊い存在である。誰もとってかわることはできない、なくてはならない存在である本当の生きがいを実現して、尊さをそこなわないようにしなければならない。仏教の根本にある、人間の尊さの自覚を宣言したものなのです。又、自分だけが偉い、尊いというのでなく、「われ」ということはすべての「われ」である。人間は平等であり、しかも尊いということにおいて平等である。誕生仏はそう語っておられるように思います。

 

法話26「酒に六失あり」

酒に六失あり

酒に十徳あり

いきなり「お酒」の話しで恐縮ですが、昔から酒については色々といわれております。私の大好きな落語の中にも、酒にまつわるお話しが仰山ありますが、やはり二つのタイプがありまして、酒の肯定派と否定派に分かれます。酒は百薬の長といって、これほど身体にも神経を休めるのにもどんな薬よりもすぐれているものはないというのんと、酒は命を削るカンナであるというて、こんなもん毎晩毎晩飲んでたら、毎日寿命を少しずつ少しずつ縮めていくようなものであるから、決して飲んで良いというものではないと。この二通りに分かれます。

古来からの名言・ことわざの中にも、酒をあつかったものが沢山あります。やはり肯定派と否定派に分けられるのですが、どちらかというと否定派の方が多く残っていましてまずはこちらから紹介したいと患います。一杯は人酒を飲み、二杯は酒酒を飲み、三杯は酒人を飲む(千利休)少しずつ盃に入る酒なれど家田畑も遂にかたむく(道歌)慎めや鏡はすがた見すれどもさけは心のうち裡を見すれば(道歌)百薬の長なる酒もわが分にすごしてのめば百毒の長(安元)飲酒に六矢あり。一には財を矢ひ。二には病を生じ。三には闘静し四つには悪名流布し。五にはい恚怒生じ。六には智恵日に損す。(善生経)まあ何ときつい言葉が並んだことでしょう。耳の痛い人もでてきたのでは。でも次にこんな見方もあるのです。

酒は天の美禄百礼の会酒に非ざれば行われず。(漢書)酒の効用をたたえたもので、どのような礼式の会合でも酒がなければ行えない、ということ。酒の中に真あり。人は酔うと、本当の性質をあらわし、また真実を語るようになる。飲酒の十徳。礼を正し、労をいやし、憂いを忘れ、鬱を開き、気をめぐらし、病をさけ、毒を解し、人と親しみ縁を結ぴ、人寿を延ぷ。(柳沢淇園)

古来からの名言・ことわざも二つに分かれてしまった、酒とはいったい何なのでしょう。良薬であり、毒であり。病を生じ、病をいやす。人の和を保ち、又和を壊す。何とも不思議な飲みものですが、答えは先ほど紹介したこの名言に。百薬の長なる酒もわが分にすごしてのめば百毒の長。酒自体に善悪、薬毒の差があるのではなく、それを飲む側が、自分のほどを知っているか、知らないかによって薬になったり、毒になったりする。私達は高度の経済成長のおかげで、多くの「モノ」を、手にすることができ、又与えられています。その「モノ」が生きるか死ぬか、役に立つか立たないか、薬となるか毒となるかは、その「モノ」がもっている性質よりも、それをあつかう私達自身に責任の比重がかかっているのではないかと思います。

その27「無常を思う」

お釈迦様の教えに「四馬の警え」というのがあります。これは、人の無常を思う心のありようを、四種の馬にたとえて示されたものです。第一の馬は、御者のふりあげた鞭の影を見ただけで走りだす馬のことで、これは最も優秀な馬です。第二の馬は、鞭が毛にふれてから走りだす馬。第三の馬は、肉に触れてから、ようやく走りだす馬。最後の第四番目の馬は、骨身に徹しないと走りださない馬のことです。第一の馬というのは、遠い村や町で亡くなった人があることを伝え間いて、それを自分の命の今日、明日の姿と受け止め「うかうかしてはおれない」と本気で人生に取り組む人のことをいいます。第二の馬というのは自分の村や町で亡くなった人があるということを聞いて、おのれの無常を覚り、立ち上がる人。

第三の馬とは、自分の親の死、親族の死を眼前にして、ようやく気づく人のことであります。最後の四つ目の骨身に徹してやっと走りだす馬というのは、自分自身が死の床に臥し、お迎えの近きを知って、遅ればせながら気づく類の人です。自分が迎えにこられてからでは手遅れです。事件・事故・災害そして人の死に私たちがでくわすということは、まのあたりに人の世の無常を感じることであり、ごまかすことなく間き、見据えることではないかと思います。ひとごとではなく、自分のこととして受け止めねぱなりません。逝きし人が最後に、あとに残る者たちに残す言葉があるとしたら、

 

「死ぬんだよ。あなた方も。この私のように。必ずその日がやって来る。しかも、いつやってくるかわからない。予告なしに。いつ死んでもいいように、毎目、毎時問を大切に生きなされ」ということではないでしようか。相田みつをさんの「そのうち」と題する詩があります。

 

そのうちお金がたまったら そのうち家でも建てたら そのうち子供から手がはなれたら そのうち時間のゆとりができたら そのうちそのうちそのうちとできない理由を繰り返しているうちに結局何もやらなかった空しい人生の幕がおりて頭の上に淋しい墓標が立つそのうちそのうち日が暮れるいまきたこの道かえれない

死を忘れ、無常の命を忘れたとき、そこにしのびよってくる思いが「そのうち」というまのびした心の姿勢であり、生き方でありましよう。いつどうなってもおかしくない自分。私だけは違う、の通らない時代。もう目をそらしている場合ではない。ならば、毎日、毎時間、瞬間の生き方が間われているのではないでしようか。どうです、一番考えにくいことかもしれませんが、少しそんなこと真剣に取り組んでみませんか。

法話28「足るを知る」

トルストイの「人はどれだけの土地がいるか」というお話しを紹介します。ある所に、一人のお百姓さんがあって、まあほどほどに生活をしていた。しかし、もっと広い耕地を持つ百姓になりたいと思うようになりました。ある時、東の方の広い土地が安く手に入る事を聞いて、さっそく長い旅の果てに、広い上地が地平線の彼方へと続いている地方へ辿り着きました。この地方は一日中歩いて回った広さで土地を測るとのこと。お百姓さんは、約束の金を払うと、朝早く出発点の岡の上へ立ちました。けれども夕日が地平線に沈む前に、この出発点へ帰れなかった場合は、約束は取り消しで、支払ったお金がまる損になってしまう決まりでした。お百姓さんは少しでも広い土地が欲しいと思い太陽の様子を見て第一のくいを打ち込み、やがて第二のくいを打ち込みました。第三のくいを打ち込む頃、向うに池があったので、この池も自分のものにしておきたいと思って池を廻りました。第三のくいを打って気が付いてみると、意外に廻りをしたらしく、太陽は地平線に近く西に傾向いていました。お百姓さんは岡の上の出発点目ざして、走り出しました。しかし、なかなかたどりつきません。ようやく岡の下まで来た時、太陽は地平線に沈んでしまいました。岡の上では多勢の人が、早く早くと叫んでいます。岡の上からはまだ太陽が見えるのです。お百姓さんは最後の力を振り佼って岡を駈け登りました。「間に合った」と皆が叫んだ時、お百姓さんは、バッタリと倒れてそのまま息が切れてしまいました。お百姓さんのなきがらは、その岡の上に埋められました。ニメートルほどの土地が、お百姓さんのなきがらを理めるのに必要な土地でした。

大いに希望を持ち、欲を持ち、前向きに生きていくことを認めるが、自分の「足る」を知ることの大切さを説いています。

お盆やお彼岸に行う施餓鬼法要。この餓鬼とは六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天)の一つに有り、食べ物がすべて火となって食べることができず、水は炎となって喉をうるおすことができない、大変苦しい飢えと渇きの世界のことを言います。又昔は、子どものことをよく「ガキ」といいますが、子どもは大好きな食べ物を見ると、いくらでも食べて、これでいいという満足を知りません。満腹になっても、まだまだ食べようとします。こうした満足を知らない、いつも欲しい欲しいと患っていることを「餓鬼」というのでず。しかしこれは子どもの世界だけのことではなく、私たちも不平不満だらけの「餓鬼」の心を持っています。物欲・金銭欲・名誉欲・性欲など数えあげればきりがありません。希望も欲も、不平も不満も、正しく使われたならば大いに役に立ち、文化の発展向上につながり、身心共に豊になるのでしょうが、どうも今はそうは思えません。人の命を奪ってしまう凶器ともなりかねないのが現状です。お釈迦さまの教えに「多欲の人は利を求むること多きが故に苦悩もまた多し。少欲の人は此の患なし。少欲を行ずる者は常に足らざることなし」とあります。常に足ることを知る人は苦悩が少ないのです。もうこんだけで充分、こんなにあったら勿体ない。そう言える人はいつも心が安らかで、心の中がほのぼの、しみじみとしています。それは自然と顔にあらわれてさます。足るを知る人の顔はやわらかく、やさしく見えます。人の心をなごます顔になります。そして足るを知る人は、人に与える喜びを知っています。感謝のこころで素直に施しをすることができます。形あるものだけではなく、言葉も笑顔も、力をもです。仏さまの前にすわって、一度ゆっくり自分をふり返ってみて下さい。ついでに鏡の前で、自分の顔も、しげしげとながめてみて下さい。