TOP>布教活動>布教劇「枕経から一周忌まで」
布教劇「枕経から一周忌まで」

作・構成 松尾光明

平成8年11月25日
高野山真言宗特別伝道 おおさか檀信徒大会にて上演
会場・大阪厚生年金会館 中ホール
特別出演 四代目桂文我


主催・高野山真言宗大阪宗務支所

仏事相談「枕経から一周忌まで」

この本の内容は、平成八年十一月二十五日に、大阪厚生年金会館中ホールで  行われました、高野山真言宗大阪宗務支所特別伝道「おおさか・檀信徒大会」で演じられました、

布教劇仏事相談編「枕経から一周忌まで」に基づき、台本形式を残しながら、読み物としての形に手直しをしたものです。

※布教劇 布教師が法話として話すこと、その内容を劇仕立てにしたのが布教劇です。

この本の構成は、ある松本家という家をモデルにした、実際の会話形式の部分と、その話しをふまえて語り合うところ、イラストを使った説明、その他押さえておいた方がよいであろうという、補足の部分とによって構成されています。但しすべての仏事細部にまでは及んでいませんので、その点はご了解頂きたいと存じます。又、この説明はあくまで一例であって、すべてがこうでなくてはならないという、仏事の規則書ではありません。

 

あらすじ

松本家の留五郎さんが病院で亡くなり、長男の明さんが、檀那寺のずくねん寺さんに電話をかけるところから始まります。そして枕経、お葬式の段取り、戒名の話し、御通夜説教、骨上げ、初七日と進んでいきます。その間に住職と家族との間でいろいろな仏事相談が展開され、逮夜参り、日の数え方、四十九日、仏壇、本尊、勤行、お供えの話し等と続きます。そのつなぎ目には、一見雑談のように語り合う、一般人代表の落語家桂文我と僧侶松尾が登場しています。松本家は家族親戚それぞれが、ほぼ初めての仏事でとまどいが多いのですが、どうすれば故人が一番喜んでくださるかを、一生懸命探り続けることによって、一年たった一周忌には、長男の明さんから、檀那寺の住職に素晴らしい手紙が届きます。 「宗教って、おいしいごはんを食べるためにあるんですね・・・」

 

 

松尾「どうもどうも、この間はありがとうございました。」

文我「いえいえどういたしまして。」松尾「まぁいつも熱心に稽古してはるから、楽しい落語会でしたな。」

文我「いやぁ皆さんのおかげですよ。暖かい応援を下さいますからな。ほんまに嬉しいです。いやほいでね話し変わりまんねんけどね、この間うちの伯父さん亡くなりましたんや、知ってはりますやろ、時々落語会にも来てはった。」

松尾「はいはい、二三度お会いしました、よう肥えた、確かお父さんの一番上のお兄さんですやろ。」

文我「そうです、親父の兄さんでね。」

松尾「そやけどこの夏にもお会いしましたけど、しっかりしてはりましたのに。」

文我「そうですのや、急なことことやってね。ほいでね、お葬式も済ませて、初七日もこの間済んだんですは。私ちょうど仕事が空いてたもんで、ズーと御手伝いさせてもろてたんですが、まぁ何やわからん事が多てね、皆寄ってるんですが、皆言うことちゃうしね、まぁ世話になった伯父さんやから、出来る限りお参りさせてもろて、何ぞお手伝いしたいと思うんです。」

松尾「あぁ結構ですな。」

文我「ほんでね、うちの院主さんも色々教えてくれはるんやけれど、まぁもう一遍おさらいやら、今後のことも有るし、松尾さんに細こうに教えてもらえんかと思いましてね。」

松尾「はいそれはいいですね。文我さんは手を合わせることには大変に熱心やし、世話になった伯父さんのことやし、えぇわかりよいように話してみましょ。」

文我「そうですか、すんまへんな。」

松尾「ちょうどね、この間一周忌済ませはったおうちでね、松本さんちゅうんやけどね、ここも大変熱心にいろいろ相談やら、お話をしながら、仏事を進めていったんですよ。ここのおうちを参考にしながらお話してみますわ。」

文我「そうですか、お願いいたします」

 

第二場

時計が朝六時を告げる。電話のベルが鳴る。

明 「もしもし、ずくねん寺さんですか。」

住職「はい、そうです。」

明 「朝早くからすんません、いつもお世話になってる、豊中の松本ですけど」

住職「はいはい松本さん。こんな時間にどうされました。」

明 「実は父が先程亡くなりまして。それでこれからどうしたらええかと思いまして。」

住職「えぇお父さんが亡くなりはった。この間の寄り合いでお会いしたときは、元気やったのに。急なことやってんね。」

明 「はい、一週間ほど前に胸が苦しいいうて、救急車で病院へ来まして、ようなったように思たんですけど、明け方にかなりきつい発作が来ましてね、それが最後でした。」

住職「そうですか、それは寂しいことになってしもうたな。まぁとりあえず家へ連れて帰りはりますか。」

明 「はいそうしようと思てます。」

住職「そしたらおたくの近くに葬儀屋さんあったな、まごころ葬儀社。あそこへ連絡して、まずお父さん連れてかえって、病院から家へ着く時分にそっちへお参りさせてもろて、枕経勤めさせてもらうさかいに、それからこれからのこと相談しましょうか。」   

明 「はい、ほんなら連絡して家で待ってますんで、ひとつよろしくお願いいたします。」

住職「わかりました。」

 

第三場

さきちゃんの声「おかあさん、大じいちゃんどうしちゃったの。起きてこないの、ねぇもう起きてこないの・・・どうして起きてこないの・・ねぇどうして」

住職、松本家にやってくる。

住職「はいっ、いやいや驚いたなっ。寂しいなったな。奥さん、この間の寄り合いでおうたのに、なぁ。おじいさんいくつやったんです。」

よし子「大正十四年の丑年で数え七十二歳やったんですけどな。」

住職「七十二歳か、まだまだこれからやのにな、残念やな。」 

住職部屋に上がる。

住職「これは皆さん、急なことでお悔やみ申し上げます。」

葬儀屋「ご苦労さまです。」

住職「あぁご苦労さん。お世話になります。ええと、まごころ葬儀社やったね。」

葬儀屋「はいそうでごさいます。今回担当の幸田と申します。よろしくお願いいたします。」

住職「はいお願いいたします。ええと枕飾りはもうしていただいてるの。樒もご飯もお供えしてあるの。あぁそぉ。まぁ何よりも先に枕経をあげますんでね、皆出てきて座るようにいうてもらえますか。」

 

第四場

文我「いや私ね。これお坊さんて大変やと思いますね。」  

松尾「何がです。」

文我「いやこの、訃報の知らせいうのは、突然かかってきますやろ、予定にないですもんな。」

松尾「そうですねん、まったく予定にないですからな。法事みたいに予約も順番もないですから、又いつてわかってんのんもいややろけどね。あの人の次はあんたとかいうのもいやですわな。いつかかってくるかわからんからね。大変です。そやからお坊さんは二十四時間体制ですねいうて、よういわれます。それでも最近はあまり夜かかってきません、大概朝まで待ってくれはります。皆さんやさしなって、お坊さんも大変やろと思てくれはる。

それにね、ここの家はちゃんと家族が連絡してきた。どうかすると葬儀屋さんが時間まで決めて言うてくることがありますね。こんなんいけませんな。順番がまちごうてますは。」

文我「そうでっか、それでね枕経ちゅうのはどんなお勤めなんですか。実は私伯父さんのときはよう行ってないんですは、ちょっとそこんところ説明してもらえませんやろか」

松尾「わかりました。そしたら絵も見てもらいながらお話ししましょうか。」

 

枕 経

まず始めに「北枕」についてお話しいたします。亡くなられた御遺体は、お釈迦様が入滅された時の御姿になぞらえて、頭を北にする北枕に安置いたします。

ただし、御仏壇がその部屋にあれば、御仏壇の扉を開けて、方角には関係なく、御仏壇の前に御遺体を安置します。

また、御遺体の胸の上には「護り刀」を置きますが、これは魔除けという意味があります。

 

枕飾り

次に御遺体の枕元には「枕飾り」をいたします。これは白木の机の上に香炉、灯明、一本だけ樒をさした花瓶、お水、枕ご飯などをお供えするものです。

枕ご飯は、故人が生前使っておられたお茶椀に、ご飯を山盛りにし、それに故人の箸をそろえて立てておきます。ちなみにこの枕ご飯は、お供えするのに必要な量だけを新しく炊き、その炊いただけすべて盛るのが決まりです。

このように枕飾りを整えてからは、ご遺族の方はお灯明と一本のお線香を葬儀式まで絶やさないように注意いたしましょう。

こうして枕飾りが整いまして、次に最初の読経が行われます。これが枕経といわれるもので、死者にたいする初めての儀式となります。

 

枕 経

本来「枕経」は、今まさにこの世に別れを告げて、あの世におもむこうとする人の枕辺で、諸仏・諸菩薩に守られて、安楽に御仏の浄土に導かれるように願うお経ですが、現実は亡くなられてからお唱えするようになっています。

平安時代の貴族は、自分の臨終に臨んで、阿弥陀仏のお軸を掛け、仏様の御手と自分自身の手を五色の糸で結び、僧侶の読経の中で、安らかに極楽往生することを、切に願っていたといわれています。

 

第五場

住職、枕経が終わり家族親戚と向かい合う。

住職「はい、枕経のおつとめさせてもらいました。」

よし子「院主さんありがとうございました。生前は何かとほんまにお世話になりました。」

住職「こちらこそお世話になりました。」

よし子「私ら何もわからんもんばっかりですので、よろしくお願いいたします。これが息子の明です。隣が嫁の真由美さんです。何もわからんよってに、色々と教えてもらえますか。」

住職「はいこちらこそ。明さん久しぶりやね。お父さん七十二歳な、ちょっと早かったな。まぁつらいけどこれからのことすすめていかなあかんし、お葬式の段取りやけれど、いつに思てはる。」

明 「はい、一様明後日にと思てるんですけれど、院主さんのご都合は?」

住職「はい、ちょっと待ってください、明後日ね。よろしいけどな、できたら午後の方がええな。午前中に一つ法事が有るから。」

明 「ああそうですか、午後何時にしましょう?」

住職「そうやな、幸田さん。あんたとこの都合はどうや。霊柩車と斎場の時間は?」

葬儀屋「はい、明後日の午後やったら何とかなります。院主さんのご都合のよいように。」

住職「そしたら一時からにしょうか、どないです。」

明 「はい一時から。皆さんどないですやろ?」

幸雄「あぁええんとちがうか。」

裕子「うんええと思います。午前中やったら女の人、色々支度も有るしせわしないしな。お姉さんはどうです?」

よし子「はい、私はそれでよろしいです。」

 明 「勝らはどないや?」

勝 「僕らはかめへんよ仕事のことなら。何とでもするし。」

辰雄「あのう葬儀屋さん、一時からやったらお骨はその日にあがるんですかね?」

葬儀屋「はい、出棺が二時前ですから、四時半頃にはあがります。」

辰雄「そしたら後のこと考えたら、一時がええな。」

明 「そうですか。そしたら母親もそれでええと言うてますし、一時でお願いいたします。」

住職「そしたら一時に決めましょう。幸田さんお願いします。」

葬儀屋「はいそしたら、明後日一時ということで段取りさせてもらいます。」

住職「えぇー、自宅でやな。お通夜はそしたら明日の夜七時でええな。」

辰雄「そうですね、だいたいみんなそんな時間でしょう。」

邦子「そうやね7時でええんと違う。」

明 「そうですね、みんなそれでええというてますし。お願いします。」

恵子「明さん、明後日の夕方のお骨上げなぁ、その時に初七日も一緒にしていただけたらありがたいんやけどな。皆仕事もあるし、辰雄おじさんとこら遠いし、気の毒やからその時にしてもらえたらありがたいねんけどな。」

明 「えぇ骨上げのときに初七日てか、院主さんどないなんでしょう、私らようわからんのですが?」

住職「はいそうやね、最近はそないしはるお家がちょいちょいあります。ほんまは数日後やってくる初七日におつとめせないかんねんけど、まぁ生きてるものの都合も考えてということで、ほんまは亡くなった故人中心なんやけど、そうもいうてられへんし、まぁお骨上げの後に初七日というのんも、決して間違いではないので。」

明 「ああそしたらその日にしてもらえるんですか。」

住職「はいそしたらその日にしましょうか。」

知恵子「すんません無理言いまして」

住職「幸田さん、今日は位牌持ってきてはりますか。」

葬儀屋「はい、ご用意させてもろてます。」

住職「そしたら預かって帰って、戒名書いて持ってきますんで。」

明 「戒名の方もご院主さんにお任せしますんで、よろしくお願いいたします。」

住職「はい、ここのおじいさんみたいにしよっちゅう会うてる人は、戒名つけやすい。字の方で勝手にその人におうた字がうかんできます。本家の法事にもいつもお参りしてはる。お寺の行事にも、地域の寄り合いにもよう顔を出してはりました。どんな立派な仕事をした人でも、知らん人にはつけにくいもんでな。信仰いうもんは誰かのためにするもんやない、自分のためにするもんです。生きていく本業と、それを支える信仰が、うまいこと車の両輪のように回った人。こんな人にえぇ戒名がつくんですな。信仰を本気でしてるか、形だけか、仏様にはお見通し。まぁそやから、みんなもしよっちゅうお寺の方へ、顔みしときや。ほな今日はこれで帰ります。」

一同「ありがとうございました。」

住職「おばぁちゃん、まぁ気いつけて無理せんように。」

葬儀屋「院主さん、御位牌でございます。」

住職「はいそしたら預かって帰ります。」

 

第六場

文我「いや私ようわかりましたけれどね、さっきの初七日の話しはあれでええんですか?」

松尾「お骨上げの後に初七日というぶんね。まぁつらいとこなんですけど、こういう言い方がええと思うんですが、最近よくそうしはるんですわ。」

文我「最近!」

松尾「そう、最近ですは。確かに故人中心なんです。ちゃんと巡ってきた初七日につとめないかんのですけど、さっきも言うてはったように、生きてるものの都合ですはな。その日にみんなまだいてますから、いっぺん帰って三日後いうたら遠い人ら皆かなんさかいに、とか    仕事・学校・家の状態やら色々と眺めてみて、お骨上げのその日ということになるんです。」

文我「なるほどね、確かにその日の内やったら皆揃てますよってにね。都合よろしいわな。」

松尾「それにね、やっぱりお骨は気が通じやすいでしょう、御位牌よりも。亡くなりはった人そのものですから、やっぱりできるだけ人の多いときにというのもわからんではないです。」

文我「あぁ、気が通じるね。」

松尾「そやから色々なことが型どおりいかなくなってきて、その場その場で対応すること多くなりました。しかし、これも大阪だけでも真言宗何百と寺がありますから、それぞれのお寺で考え方、取り組み方が違います。これが正しいというのはないですから。ここんところはよう理解しておいていただきたいです。」

文我「はいそれはもうよくわかります。そしていよいよお通夜とお葬式ですな。」

松尾「はいそうですね。これも一つ一つ話ししていかないかんのですが、まずはお通夜にお坊さんがお話ししはります。お通夜説教を聞いてもらいましょか。この松本留五郎さんの場合でね。」

 

お通夜説教

皆様方に、菩提寺の住職として、一言ご挨拶を申し上げます。

只今は皆様方とお通夜のお勤めをさせていただきました。亡くなられました留五郎さんは、大変にぎやかな事が好きな方でございまして、こうして沢山の方におまいりを頂いてさぞかしご本人も喜んでおられることと思います。

私達はややもすれば街の中でお葬式をしておりましても、何か他人事のような、自分には関係のないような気持ちで通りすぎてしまいがちでございます。ところがひとたび、自分の身内、或いは親しい友人・知人が亡くなりますと、たちまち他人事ではなくなるわけでございます。

昔の狂歌に「今日までは 人のことだと 思いしに おれが死ぬとは こいつたまらん」と言うのがございまして、私どもは他人は死んでも、自分だけは絶対死なないと思いたいわけでございます。しかし、形有るものが必ず壊れるように、人間としてこの世に生をうけた以上、必ず亡くなる運命にあるわけでございます。

私、仕事柄よく壇家の方に聞かれるんでございます。枕経・お通夜にまいりますと「おじゅっさん、死んだらどないなりますねんやろ?」「あの世はどんな所でっしゃろ?」、「さあ私も死んだことがないんでよう解らんけど、仏教にはヒントらしいものはあるで」って言うんです。仏教では「往生」という言葉がございます。「往生」って言う字をあたまに思い描いてください。「往生」って言うのは「往きて生まれる」って書いてある。「往きて生まれ変わる」とも読めます。漢文のように返り点を打って下から読むと「生きて往く」とも読めます。

「あの人はええ往生やったなぁ」とか「おじいちゃんは大往生やったで」なんていうあの「往生」です。もっとも、難儀をするときにも「往生するは」なんていう言い方もしますが、つまり我々は死んで、灰になってそれでおしまいということではなさそうです。

私達は亡くなりますと、初七日にはお不動様、二七日にはお釈迦様というふうに導かれて、三七日・四七日と経って七七・四十九日目にはお薬師さん。喪が明けますと仏様のお力で三途の川を渡していただいて、それで彼岸へ往く。今、私達が居るところがこちらの岸、此岸でございまして、向こう側が彼岸。春秋のお彼岸でおなじみのあの彼岸でございます。

高野山のご詠歌に「阿字の子が 阿字のふるさと 立ち出でて また立ち帰る 阿字のふるさと」と言うのがございます。

阿字というのは、皆様方のお家の御仏壇。その中に御位牌がございます。御位牌には戒名が刻まれておりますが、その一番上にありますのが、阿字でございます。ちょっとむつかしい文字でございますが、あれが真言宗のご本尊でございますところの大日如来を表しております。宇宙の根本生命体と言いますか、ありとあらゆる生きとし生けるものの生命を育んできた所。我々はそこから生まれいで、亡くなりますと又そこへ帰っていく、と言う事なんですね。

私達は仏様から尊い生命をいただいて、この世での役目が終わりますと、彼岸へ行って生き通しのいのちをいただく。ですから逆にいいますと、いかにこの世の生き方が大切かという事なんですね。

亡くなられました留五郎さんは、大変他人のお世話をされた方でございます。自分のことよりまず他人さまの事を。と言う方でございました。

お大師様のお言葉に「虚空尽き、衆生尽き、涅槃尽きなば、吾が願いも尽きなむ」と言うのがございます。迷える、悩める人々がいるかぎり、自分はみんなを救いたいんだ、と言う大きな願いを捨て去ることはありません、との大いなるお誓いを立てられておられます。お大師様のお示しになられた自利利他の教え。留五郎さんが実践されたのはこれだったのではないでしょうか。

今日、こうしてたくさんの方が留五郎さんのお通夜におまいりをいただきました。今日お越しの皆様方お一人お一人がこれをきっかけとして、それぞれの人生を見直す機会になりますれば、亡くなられました留五郎さんもきっとお喜びではないかと存ずる次第でございます。今日はお寒い中を本当に有り難うございました。

 

文我「いやぁようわかるお説教でした。」

松尾「うんほんまに。でね、最初に言うてくれはった歌がありましたな。『今日までは、人のことだと思いしに、おれが死ぬとはこいつたまらん。』というの。だれも思てませんもんな、自分死ぬとは。」

文我「思てません。自分だけは死なんと思てますもんな。地球滅亡しても自分だけは助かるぐらい思てますもんな。」

松尾「はい、自分だけはそうやないと思てます。とにかく死ぬのがたまらん、死んで無くなってしまうことがたまらんのですよ。実際の話しが。そやけどええこというてはりましたわな。無くなってしまうんやない。仏教にはヒントとなる言葉が有る。往生という言葉、往っ    て生まれるんやと。」

文我「あぁ無くなってしまわず、又生まれるんやと。」

松尾「そう、無くならない。高野山のご詠歌も言うてはりました『阿字の子が、阿字のふるさと、立ち出でて、又立ち帰る、阿字のふるさと。』この阿字のままでは解りにくいので、阿字を仏様と置き換えてみる。仏様の子が、仏様のふるさと立ち出でて。今の私らが、この立ち出でてる状態ですは。」

文我「なるほど、言わば出張中ですな。」

松尾「そうです、出張の真っ最中。いま出てきてるんです。そやけどいつかは帰らないかん。どこへ?又立ち帰る仏様のふるさと。出てきた元へ帰るんやと。」

文我「でてきた大元へ帰ると。出張先から、本社へ帰るわけですな。」

松尾「そう。本社へ。そやけど本社へ帰るには、ちゃんと成績残して、帰らんとつらいわね。本社での立場が。」

文我「居場所がなくなったりしますはな。大きな顔もでけへん。」

松尾「そう。それを本気で人事や無いと感じること。自分の来たるべき日、本社へ帰る日、これは必ずやってくる。そのときあわてても成績は上がらない。今の内にちゃんと勤めておかんとあかんということやね。」

文我「まぁいわば、死を確かめる、死を身近なものにするということですわな。これは考え直さんといけまへんな。」

松尾「仏事・宗教行事は、今生きてるものに、その影響がいちばんあるいうことやね。」

文我「なるほどね。はい、だいたい真言宗の考え方わかってきたようにおもうんですが、又一つお伺いしたいんですけどね、あの七日七日の日の数え方がようわからんのですけどな。」

松尾「あぁ亡くなりはった日からの読み方がね。」_k 文我「そうですね。なんぼ数えても合わんのですよ。どないなってんのんか教えていただけません。」

松尾「確かにこれはよく聞かれるんです。ですから今回も図を使って説明をいたします。」

 

四十九日と年忌の数え方

四十九日は、亡くなられた方がお葬式の作法によって、仏様のお弟子となり、そして修行の旅をされる期間です。一般的にはこの期間を、魂がこの世とあの世とのちょうど境目におられる期間としてとらえて、その期間を「中陰」と申します。

 

命日表

それではここで、本日亡くなられた留五郎さんの場合を例にとってご説明いたしましょう。(留五郎さんの命日を十一月二十五日と設定しています)今日は十一月二十五日ですから、今日から数えて七日目の「初七日」(しょなぬか)は十二月一日になるはずですが、実際は前日の六日目の十一月三十日に「初七日」をいとなみます。

 

逮 夜

これには、仏教の「逮夜」という考え方があるからです。

「逮夜」の「逮」という字は「およぶ」という意味で、「逮夜とは、命日におよぶ夜、すなわち命日の前夜」をあらわします。したがって「逮夜参り」は命日の前の日にお参りするのが、本来のものです。

七七日表

このような訳で「初七日」も命日から数えて、七日目の前日にいとなみます。続いて二七日(ふたなぬか)、三七日(みなぬか)と一週間ごとにお勤めがあり、四十九日目に中陰が終わる「満中陰」を迎えます。留五郎さんの場合は、四十九日が翌年の一月十一日日、百か日が三月三日となります。

このようにして四十九日も無事におつとめして、初盆もおえて、やがて亡くなられてから一年目に迎えるのが、「一周忌」です。そして、二年目の年忌すなわち「三回忌」を迎えるわけですが、どうして二年目の年忌を「二周忌」といわずに、「三回忌」と呼ぶのでしょうか。

 

年 忌

年忌の数え方はこのように考えていただいたら良いと思います。まずお葬式をだいいっかいめの「命日」をいとなんだ日とかぞえて、一年が巡り一周忌が二回目のの忌日にあたり、そしてあくる年の二年目の法事が、数えて「三回目」になるので、「三回忌」となる訳です。このようにして年忌はお葬式を含めて、数え年で数えることになっています。

ちなみに年忌は本来毎年ですが「一周忌」が終わった後は特に「三」と「七」のつく年に親族を招いて供養の法事をおつとめいたします。すなわち三回忌・七回忌・十三回忌・十七回忌・二十三回忌・二十七回忌・三十三回忌とおつとめし、一応五十回忌をもって一つの区切りといたします。

 

第二幕 第一場

さきちゃんの声「おとうさん今日ね、おおじいちゃんにイチゴお供えしたの。『えらいね』ねぇいつ食べてくれるのかな、ねぇいつ食べてくれるのかな」

 

松本家の座敷二七日

住職「さぁ今日は二七日のお勤めをするんですが、真言宗は一般在家の人にも唱えてもらえる、仏前勤行次第をこしらえてありますので、そやから今日は一つそれをみんなでお唱えしようと思います。明さんこの経本配ってもらえますか。」

辰雄「いやぁ初めてやな。真言宗のお経読むのん。こらちゃんと座らないかんな。」

知恵子「むつかしそう。」

よし子「こらメガネないと読めんは、みどりさん私のメガネとってもらえます。」

みどり「はい。」

住職「よろしいですか、まず二頁を見てください。・・・   

 

全員で仏前勤行次第をお勤めする

お勤めの仕方は各菩提寺の指導に従ってください

 

住職「いやなかなか上手にお勤めできました。初めてにしては上出来です。」

みどり「何や舌噛みそうやね。」

勝 「ほんまやこのご真言ちゅうのんかなんな。」

幸雄「これはなかなか覚えられへんぞ。」

裕子「うんこれは歳いってしもたら、なかなか覚えられしませんな。」

幸雄「お前もう歳やで。」

裕子「そないいうあんたも歳やで。絶対覚えられへんは。」

知恵子「どっちもあかんと思うは。歳の問題やのうて、気があるかかどうかの問題や。」

辰雄「院主さんらこんなん皆覚えてはるんですか。」

邦子「そらあたりまえやがな。あんたらとは心構えが違うし、厳しい修行してきてはんねん。そら皆覚えてはるよ。」

みどり「やっぱり院主さんは皆覚えてはるんですか。」

住職「お経はね、別に覚えんでもいいんです。何回か唱えているうちに、口が勝手に覚えたらそれはそれでよし。ふだんはちゃんとお経本もって、見て唱えたらええんです。」

真由美「あのー院主さん、ちょっとお伺いしたいんですけど、このあいだ初七日におまつりの仕方教えてもろたんですけど、これでいいのでしょうか?」

住職「はいはい、ええーそやな。巻線香はずーとつけてると、明かりもつけてる、ローソクは危ないから普段は電気でいいですよ、お花供えてあげて、この花もな黄色と白の花だけでなく、少々色のついた花あげてもろたらいいですよ。ご飯とお茶とお水も供えてあげて、おじいちゃん好きやったバナナやイチゴなんかええな。ええちゃんとしてあるやないの。」

真由美「お酒やタバコはどないしましょう。それにおじいちゃん、朝はパン食べてはったんです。」

住職「おじいちゃん朝パン食べてはったん。そしたらご飯やのうて、パン供えてあげたらえぇ。」

真由美「ああそうですの。」

住職「パンやったらお茶やのうて、コーヒーや紅茶のほうがええやろし。」

真由美「あぁおじいちゃんはコーヒー党でしたからな、お母さん。」

住職「そしたらコーヒー供えて上げたらええ。そのへんはその家流でええんとちがうかな。」

真由美「そしたらお酒やタバコもええんですか?」

住職「はい供えてあげたらええです。けども仏の世界に旅立ちはると、実際には口にしはれへんけどね。」

真由美「まぁでも供えてもええと。」

住職「かましません。残された身内の心の状態にあわせていったらええさかいに。」

明 「私らの気持ちでまつらしてもろたらええんですな。」

住職「そう、気持ちを大切にせないかん。おまつりをしていくというのは故人のためにあるんですけど、大事な目的が他にもあるんです。」

明 「その目的と言いますと。」

住職「身内を失うた家族の心の癒しを助けていくという目的です。故人の供養を通して、今生きているものの状態が問われ、いかに良い状態を作っていくか。それが一番の供養になるんですは。」

明 「私らがしっかりせなあかんのですね。」

住職「そうしっかりせないけません。そやけどしっかり言うのは亡くなったことを忘れることではない。すっかり立ち直れるものもいてる。又、一生レベルアップできずにひきずっていくものもいてる。人それぞれがそれなりに精一杯生きていく状態を作っていかなしょうがないしね。」

真由美「ほんまですね。」

住職「そやから、まつり方には一様の形はあります。あるんですが是非松本流をこしらえてもろたらと思います。」

明 「うちの家におうたようにね。」

住職「そう松本家におうたようにやっていく。気持ちが納得していくようにまつっていくことやね。おじいちゃんそれが一番喜びはります。」

「形は食べはらへんけど、供えたものの気持ち・真心を味わいはります。」

明 「いやぁ、ようわかるようにいうてくれはってありがとうございます。そないいうてもろたら、何かすっきりしました。」

真由美「私も嫁として色々悩んでたんですが、これで少し気持ちが落ち着きました。」

明 「いやうちのさきが言うんですよ。おおじいちゃんにイチゴ供えたけど、おおじいちゃん食べはれへんいうて。それで私困って、おおじいちゃんはイチゴの形は食べないけれど、供えたさきちゃんの気持ちをたべはるんや。と言うたんです。それで間違ってなかったんですね。」

住職「そういうことです。」

よし子「院主さん、さっき教えていただいたお経。あれを毎朝唱えさせてもろたらええんですか。私ら何にもお経しらんさかい、実家が門徒でっしゃろ、そやから南無阿弥陀仏いうていつも拝んでおりましたけれど、やっぱり具合悪かったんですかな?」

住職「いや別にかまへんけれど、まぁ今日からはさっきの仏前勤行次第唱えてもろたら結構です。」

明 「あれ毎朝全部唱えなあきませんか?」

住職「いやいや、時間なかったら、般若心経と光明真言と南無大師遍照金剛とにするとか、工夫してもろたら結構です。」

由美「あのぅ、これからしていかなあかんこと、いろいろ教えといてもらいませんやろか。うちはまだ仏壇があれしませんよってに。」

住職「そうやね、先ず四十九日までに御仏壇と御位牌を揃えないかんな。これは仏壇やさんへ行って、家族でよう相談して、まつる場所もきめてな。」

よし子「そのまつらしてもらうのに、何か方角があると聞くんですけれど。」

住職「方角はな、本来仏教の教えにはないんや。どっちむいとろうが、そのことにとらわれたらいかんというのが、仏教の教えなんや。しかし他の学問してはる人らにいわすと、北がよくないといいはる。そやから又色々言われるのもかなんやろから、北向きだけは避けといたらと思います。」

よし子「あぁ北向きをね。」

住職「はい、それとまぁ直射日光の当たらんとことか、いろいろあるけどようは家族が拝みやすいところ、それが一番です。」

よし子「御位牌もこしらえさせてもらわなあきませんな。」

住職「そや、おばあちゃん。御位牌やけどな、夫婦位牌にするか、それとも夫婦別々に一つずつ作るかどないする?」

よし子「普通はどないしはるんです?」

住職「普通は夫婦位牌が多いんやけども、最近は死んでからも一緒に並ぶのはいやや言う人もおってな。なかなかこれはむつかしいもんや。」

よし子「私はおじいさんと一緒がええと思います。そやから夫婦位牌にしましょうかな。」

住職「そうやな、それがええな。ふだんけんかばっかりしとったけど、ほんまは仲がよかったんや。」

明 「そうですねん。ようけんかしてましたけど、すぐ仲ようなりますね。」

住職「まぁ家族でよう相談して、四十九日に間にうたらええさかいに。それじゃ又来週来ますよってに。」

一同 「ありがとうございます」

 

第二場

文我「いやこれはなかなか、ようわからしてもらいました。」

松尾「ええ話ししてはりましたな。」

文我「一番ようわからしてもろたのは、供養ということですは。供養てなんやろうと思てたんですが、間違うてたら言うて下さいよ。供養ゆうのは、気持ちとか真心とか、それと私、供養言うたらあっちの世界に行きはった人だけが供養かいなと思てたんですけど、そやなし    に残っている人の生きざまでんな。」

松尾「そうですね。」

文我「生きてる人間も含めて供養と、間違いおませんな。」

@松尾「おっしゃるとおり。形大事、こっちからあっちに行った人に何かをして上げるという形大事です。お光やら、お香やらはまぁ当たり前ですはな。そこへご飯やのうてパンにしてあげる。このへんから形プラス真心が入ってきます。」

文我「なるほどね。」

松尾「それを通じて、残されたものが、だって今まで五人なら五人で住んでたのが一人減って四人になったわけですから、寂しいし辛い。そやけど残されたものが、その仏事を営みもって、癒しということを助けていく。それが表へ出ると、今回の場合、留五郎おじいちゃんが一番喜びはる。だから供養というのは、亡くなった人に形、それに真心をつけていく。それで自分等が良い状態になっていく。それが一番の供養になる。」

文我「今の言葉で言えば、ハードとソフトを揃えないかん。」

松尾「そうです、どうしても形、ハードにとらわれがちですな。よく聞かれます。お線香何本立てたらよろしいてね。その数も確かに大事であろう。そやけどそこへソフト、真心・気持ちを組み込んでいって、その人流でええんやないかと。たとえば松本家のパンとコー      ヒー、イチゴとバナナ、お酒とタバコ。いろいろでてきましたけど、それでええんやないかと思うんです。」

文我「そうですね、気持ちの方がこもってないと、何ぼ形整えてもあかんのですな。」

松尾「言うてはりましたな、納得してまつらしてもらう。それが癒しを助ける良薬になっていくということやと思います。」

文我「なるほどね。ようわかりました。いやほんでね、ちょっと聞きたいこと有るんですが、よくこんな事言いますやろ。四十九日が三月にまたがったらいかんとか、三十五日で切り上げるとかいうのん。あれは何ですの?」

松尾「よお言いますはな。これはね、最近世間に通ってしもたんですは。」

文我「最近通ってしもた、ほんなら決まりごとやない。」

松尾「そう、決まりごとやないんです。だいたい月の後半に亡くなりはったら皆三月にかかります。これは日本語の語呂合わせで、四十九を始終苦しい、三月を身付き。始終苦しいことが自分に付いたらいややという語呂合わせです。」

文我「何や語呂合わせ。そしたら気にせんでもえんですな。」

松尾「気にせんでもえんですが、さっきも言うたように世間に通ってしもてるんです。ほんまやったら四十九日まで、さっきの説明にもありましたように、言わば七回ご飯もらえるところ、三月前で切られてしまうから、二回飛ばされて五回しかもらわれへんということにな    るんです。」

文我「それは生きてるものの都合ですやろ。」

松尾「そうです生きてるものの都合です。ご飯二回減るのつらいでっせ。そやけどもう世間に通ってしもてるから、いろいろ考えるんですよ。」

文我「あぁ、いろいろ考えて、お寺の方で工夫しはるんですな。」

松尾「そうですね。たとえば私は、わかりましたと。そんなに気になるのでしたら、三十五日に切り上げのお勤めしますから、皆寄ってもろて下さい。皆さん方はそれで納得。私は後二回のお勤めには、仏様との約束で参りに行きますと。それで私も納得。こういう場合が多    いです。」

文我「ああ多いということは、そうでないときもある。」

松尾「そうでないときもあります。もう三十五日ですっぱり切る場合も有りますし、そこのお家との相談で変わります。これはどこのお寺さんもいろいろ打ち合わせしながらやってはります。」

文我「これもお坊さんて大変ですな。昔からのことと、今の時代のことと、合わせて考えないかんから。」

松尾「そうです。それこそ二千五百年前のお釈迦様のことから、昭和・平成と今の時代に起こってくる新しい考え方、風習とを合わせて、どんな味つけをして、どのように食べてもろたらおいしいかを常に勉強し、考えとらなあかんさかいに、お坊さんは日夜、研修・努力を怠ってないということもここで知っておいてもらいたい。」

文我「いや、そらもう十分わからしてもろてます。」

松尾「ところでね、文我さんはご詠歌をよくご存じでしょう。」

文我「はい、小さいときからよう聞いてました。」

松尾「お家が三重の松阪。真言宗の壇家さんなんですよね。」

文我「そうですね。小さいときからよくお寺へ参って、ご詠歌聞いてましたから、いまでも西国三十三番できると思います。」

松尾「そこで今日はその高野山の金剛流ご詠歌合唱団、すなわちご詠歌の達人にきていただいておりますので、仏事のときによく唱えられます『追弔和讚』をしていただこうと思います。」

文我「ああそれは結構ですな。ゆっくり聞かせていただきます。」

 

 

_第三幕 第一場

さきちゃんの声「ねぇお母さん おおじいちゃん御仏壇から見てるの。『そうよ、いつも見てるのよ』さきちゃんがニンジン嫌いで残すの見てるの。『きっと見てるわよ』じゃぁ、おおじいちゃん怒ってるのかな『怒ってるわよ』いいことしたのは見てないの。『いいことも見てるわよ』じゃあこの間、おばあちゃんの肩をたたいてあげたの、見てくれてるかな。『もちろん見てくれてるわよ。そしてとっても喜んでくれてるわよ。』」

住職「これで四十九日のお勤めと、仏壇開眼とが済みました。」

明 「ありがとうございました。」

住職「いわば旅姿の仮まつりから、本式のまつりに移りはった。お通夜にもいうたように、仏のふるさと、生まれ出てきた元へ帰りはったんや。そやから新しい仏壇に魂を入れて、そこを仏の世界としてこれからまつっていくことになります。仏壇は先祖の住み家ともいうけれど、先祖だけをまつってるんやない。真言宗の本尊をおまつりしてるんやから、それを忘れんようにな。」

よし子「本尊さんてどなたなんでしょう?阿弥陀さんですか?」

住職「いやいや阿弥陀さんも真言宗はまつるけど、大日如来と不動明王と弘法大師をおまつりしてるんや。これは仏壇の本尊やけども、この家の守り本尊でもあって、これから松本家を導いて下さるんやから、大事にせないかん。」

明 「その三人の仏様は、どういう仏様なんですか?」

住職「そやな、それぞれの話をしても理屈っぽくなるだけや。そやからたとえていうなら、真っ直ぐに自分のすべきことをちゃんとしはった先輩としての弘法大師。私らのお手本やね。その歩むべき道を間違わんように、もし間違いそうになったら、怖い顔をしてしかり、導いて下さる不動明王。そして先祖をはじめ私達すべてを包み込んで下さるいのちの親、大日如来。そやから仏壇の前に行ったら、まずいつもお世話になっていますと、本尊さんに挨拶せないかん。それから先祖さんに挨拶してお勤めやね。」

明 「何か大変なような気がするけれど、これも慣れなんでしょうね。」

住職「そう確かに慣れやね。ほいでこんなことは理屈や頭ではわからない。毎日毎日お勤めしている間に、感じとってくるものでな。」

明 「はい、それで院主さん。これから先のおまつりはどないなっていくんでしょう。」

住職「これからはまず百か日がやってくるわな。」

明 「百か日て何ですか。」

住職「亡くなりはってから百日目のお勤めでな、別名を卒哭忌というんや。字のごとく亡き納めの日でね、人が亡くなると誰しも悲しい。亡くなったものは四十九日で落ち着くところに落ち着きはります。そやけど一番かなんのが、残された者ですは。なかなか気持ちの整理がつかんし、どうしたらええのか答えも出てけぇへん。そやけどもう百日。そろそろ顔あげて、泣くのも押さえて歩き始めなさいや、というお勤め。それが百か日。」

明 「私らがいつまでも迷とったらいかんということですね。」

住職「そう、亡くなった留五郎おじいちゃんが一番喜ぶのは、残された家族が一生懸命生きてる姿を見せることや。みんなと一緒に唱えた仏前勤行次第ありましたな。あれ想い出してごらん。あの中に、亡くなった人のこと、又その世界のこと、何か書いてありましたか。皆生きてる者がどうします、こういうふうに生きていきますということを、仏様の前でいわばお誓いしてるということになります。私らの生活を反省し、見つめ直すお勤めをしているんです。」

真由美「ほんまやね。私らしっかりせんと、仏の世界でおじいちゃん、大きな顔でけへんね。」

幸雄「兄貴のことやさかい、しっかりせぇゆうて怒って出てくるかもしれんな。」

辰雄「ほんまやな。」

勝 「ほんま、しっかりせぇゆうて出てくるんとちがうか。」

住職「まぁ、そんなこともないやろけど、今日から家に仏壇のある生活の始まりです。松本家の家族は一人減ったけど、本尊さんを迎えて、新しい生活をしていくことになりました。まぁぼちぼちと馴染んで行ってもろたら結構です。それぞれが自分におうたように信仰生活をしていってくれたらと思います。又何ぞわからんことがあったら聞いて下さい。私、次のお参りあるよってに今日はこれで失礼しますは。まぁしっかりと・」

一同「ありがとうございました」

 

_第二場

松尾「文我さんね。実はつい先日ここの松本さんとこ一周忌しはってね。長男の明さんから手紙もろたんですよ。」

文我「そうですか、どんな手紙なんですか。」

松尾「はい、今読んでみます。

『拝啓 先日来何かとお世話になりありがとうございました。父が死んで一年、長かったような、あっと言う間だったような複雑な心境です。ただひとついえることは、毎日がいまだにとても寂しいということです。庭の植木を見ては世話をしていた父を想い、テレビの囲碁の番組を見れば、熱心に見入っていた姿を想い、別の見方が出来ればいいのですが、何を見ても、いない父の面影に結びつけてしまいます。きっと私は院主さんの言われた、いつまでもレベルアップできない、いつまでも過去と想い出を引きずったままのこれからを過ごしていくのだろうと思っています。でも何かしら、その方が私には楽なような気がします。一番素直な自分に、四十数年間の中で、初めて出会ったような気がします。形にこだわらず、理屈や頭でわかるなと言われた、院主さんの教えが、今何となく感じとれるようになりました。おかげさまで母も元気にしております。家族が一人減りましたが、それなりに充実した毎日を過ごしております。宗教・信仰・合掌・線香にローソク。皆うっとうしいものと思っていましたが、実は人生を楽しく有意義に過ごすためにあるんですね、別の言い方をすれば、おいしいご飯を食べるため    に、安らかな眠りにつけるために、宗教は信仰はあるんですね。南無大師遍照金剛をこれからも大事にしていきたいと思います。又いろんな話し聞かせてください。今後ともよろしくお願い致します。松本明。』

文我「いや、ええお手紙ですな。」

松尾「もう本当に素直な気持ちを、おそらく字で表すのはむつかしいと思うんですけど。」

文我「体裁整えたりしますからな。」

松尾「そうですね。本当に素直な内容やと思て読ましていただきました。」

文我「気持ちのいい手紙ですな。まぁ私もね、今まで御仏壇の前で手を合わすいうのもね、正直形だけやったんですが、今日こうして色々教えていただきました。そやからこれからは、気入れて手を合わさしてもらおうと思てます。」

松尾「はい、そうでんな。」

文我「おいしいご飯いただけたら結構ですな。」

松尾「そうですは。さっき言うてはりました、頭や理屈やない、身体で感じる。それやっぱり、ご飯がおいしいとか、憂いなく寝れる、気持ちよく目覚める。さぁ今日も一日がんばるぞ、と言える。これが幸せやと思います。」

文我「やっぱり気持ちよく、機嫌よく生きる。」

松尾「そのための宗教・信仰であるということですな。」

文我「そうですわな。」

松尾「まぁいろいろ教えてもらえますか、いうことでお話しさせてもろたんですが、どうですやろわかってもらえましたでしょうか?」

文我「はいほぼわからせていただきました。」

松尾「そしたらこれぐらいで勘弁していただくということで。」

文我「はい結構でございます。」

松尾「又何ぞ合ったら聞いて下さい。今日はどうも失礼を致しました。」 

文我「こちらこそ、ありがとうございました。」

平成8年11月25日に大阪厚生年金会館中ホールで行われました「高野山真言宗特別伝道・おおさか檀信徒大会」で実際に演じられました「布教劇」を誌上に再現したものです。「布教劇」とは、僧侶が説教する内容を芝居にして、話を聞くだけではなく、聞く、観る、参加することによって、より理解と感動を味わっていただこうというものです。

話の流れは、常福寺住職松尾光明と、四代目桂文我が対談するところから始まり、文我さんが伯父さんの葬式に手伝いにいったが、よくわからないので教えてもらえませんか、がきっかけで芝居が始まります。松本家という架空の家の設定で、留五郎さんが亡くなり、家族親戚が檀那寺の住職と相談しながら仏事をすすめていきます。その間に松尾・文我のやりとりが入り、スクリーンを使っての説明、実際の通夜説経、会場全員でお勤め、御詠歌もありで四十九日から一周忌まで、。そして一周忌の法事に長男の明さんから、檀那寺の住職に感動の手紙が届きます。「・・・・信仰とは、おいしいご飯を食べるためにあるんですね・・・」

スタッフ

製作       高野山真言宗大阪宗務支所

作・演出     松尾光明(池田市常福寺)

舞台監督     萩山祥光(茨木市大乗寺)

美術・効果    川口良仁(平野区全興寺)

照明       中村滋秀(港区龍弘院)

音響・音楽    宮崎純光(豊能郡法輪寺)・田中裕心(豊中市不動院)

大道具・小道具  村主憲龍(池田市高法寺)・岡崎全宏(西淀川区多聞寺)

衣装・かつら   麻生玲子(北区太融寺)・川瀬千里子(西成区三宝院)

寺務・会計    森永正顕(西区中光寺)

AD       吉岡快賢(住之江区熊谷寺)・前川覚清(城東区慈宝院)

特別演技指導   森川みどり

 

キャスト

特別出演     四代目桂文我

よし子      村主和子(池田市高法寺)

明        対馬康全(茨木市真龍寺)

真由美      川瀬千里子(西成区三宝院)

勝        川瀬龍(西成区三宝院)

みどり      森永延江(西区中光寺)

さき       森永さき(西区中光寺)

幸雄       布目忍光(箕面市善福寺)

知恵子      川口牧子(平野区全興寺)

裕子       前川俊子(城東区慈宝院)

辰雄       元木成彦(天王寺区宗恵院)

邦子       三並久美子(東住吉区不動寺)

ずくねん寺住職  赤松俊英(池田市釈迦院)

通夜説経     細川寛雄(西淀川区勝遍寺)

葬儀社 幸田   村主憲龍(池田市高法寺)

近所の主婦    麻生玲子(北区太融寺)・大北伸子(都島区普賢寺)

進行役      松尾光明