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阿しゅく如来

阿しゅく如来

阿しゅくは無動、無瞋恚と訳し、心が乱れない、動揺しないことを意味します。右の手は膝より下に伸ばし、大地に触れています(触地印)。この手の姿は、釈尊が六年の苦行の最後、身の平安を取り戻しつつ、菩提樹下で瞑想を続けておられたとき、瞑想を妨げようとする諸々の魔にたいして、悟りを求める心に揺るぎのないことを、大地に触れて示されたのです。魔はそれによって自らの敗北を認め退散します。やがて釈尊には迷いなき心の平安が訪れ、それが悟りにつながるのです。ですからこのお姿は釈尊降魔成道のお姿であります。

瞑想を妨げる魔とはいったいなんでしょう?一つは自分の外にある外魔。もう一つは自分の内にある内魔のことでしょう。そのなかでやっかいなのは、内魔。欲心や偏見、おごり、いかり、愚痴等人間の持っている根元的な弱点です。最も自分で自分を苦しめている原因です。釈尊はそれに見事に打ち勝ち、悟りを開かれたのです。まさに自分自身に打ち勝った、精神的勝利を意味するものです。私達は釈尊のようには、なかなかできません。心の中は揺れ動いています。いかりや愚痴であふれています。すべてをきれいに平にすることはできませんが、その努力は怠ってはいけません。自分で自分を知り、少しずつでもいいから、平にする努力をすることです。少しの努力の跡には少しの悟りがあります。又少しの努力をして少しの悟りをものにします。完成に向けての一生の未完成の歩みです。努力のないところに道は開かれません。